
「ふれあい囲碁」の実践テキストが完成しました。人と人、心と心をつなぐ社会活動として広く認知され始めている「ふれあい囲碁」ですが、初期の活動から15年あまり。ようやく実践のためのテキストをまとめることができました。囲碁を通した社会貢献に関心のあるかたへのお知らせです。
○○○ 囲碁で人を笑顔にする道があった ○○○
初めまして、横内猛(よこうち・たけし)と申します。1962年(昭和37年)、東京都中野区生まれ。「ふれあい囲碁」と名付けたプログラムの開発・普及に取り組んでいます。
「ふれあい囲碁」の実践現場では、それまで何年も人前で笑ったことのない少女が満面の笑を見せてくれたり、杖を手放せなかった高齢者がその場で颯爽と自力歩行したりと、人間の潜在能力を引き出す“奇跡のプログラム”として各方面から注目され始めています。そんな奇跡の世界へご案内いたします。
- 3歳の記憶
囲碁との出会いは、私が3歳のときでした。当時の記憶は今でも強く残っています。コタツの上に古びた折りたたみの碁盤、ガラス製の碁石が用意されていました。父から「そこに座りなさい」と言われるがまま。人差し指と中指で碁石をはさんで打つ。そして、当時流行っていたという「ツケノビ定石」を覚えることから始まりました。以来、囲碁とのつき合いは実に40年以上にもなります。
大学の囲碁部では、選手として出場したり、個人戦で全国大会に出場(すぐ負けましたが)したりと、競技囲碁にのめり込んだ時期もあります。そのあと、囲碁とのつき合いのなかで、非常に特異な経験をしました。それは、読売新聞社の文化部で、囲碁の担当記者になったことです。
- あこがれの総本山
囲碁愛好者ならよくご存知と思いますが、読売新聞社は「棋聖戦」を主催しています。その棋聖戦の取材だけでなく、運営も担うことが私の仕事でした。東京・市ヶ谷にある日本棋院が主な取材現場で、あこがれでしかなかったプロ棋士から、好きなだけ囲碁の話が聞ける。思う存分取材できました。そして日本の囲碁界は、プロとアマチュアの考え方に大きな溝があることも分かりました。
そのことは、『囲碁が10倍おもしろくなる本』で詳しく紹介しているので、ご興味のある方は一度お読みください。プロの発想を身に付けると、囲碁の世界はまるで違うものに見えてくるはずです。アマチュア高段者からも、「読むだけで半目は強くなった」と好評をいただいています。
- 腕は多少上がったけれど……
プロ棋士との交流によって、もちろん指導碁もたくさん打っていただきましたし、なにより碁の考え方が大きな学びになりました。
そして、囲碁記者会の総会に合わせて開かれるトーナメント戦で、なんと優勝したことがあります。
プロのタイトル戦を扱っている記者の集まりですから強豪ぞろいで、優勝のご褒美に、日本棋院から「ジャーナリスト本因坊」というタイトルの允許状までいただきました。
もちろん親睦大会なので、優勝したからといって大げさに喜べるものではありませんが、私にとっては大切な宝物です。けれども、どこか釈然としない、言葉にできない寂しさも同時に感じていました。
- 囲碁の持つ本当の力
対局を楽しむ、腕を上げて喜ぶ。囲碁の魅力は決してそれだけではない。私にとって囲碁とは、深い歴史を持つ文化であり、もっと広く社会に役立つ使い方ができるはずだと思っていました。
そんなときです。世の中に「石取りゲーム」という入門用のアイデアがあり、その石取りゲームを使って、幼稚園や保育園、あるいは障害者施設にまで囲碁を広めている若いプロ棋士と出会いました。その人は安田泰敏さん(日本棋院九段)です。
もともと中部総本部のプロ棋士のあいだに伝わっていた「石取りゲーム」。それを知った安田棋士は、1994年の春、福岡県内の幼稚園にその石取りゲームを紹介したのです。すると、なんと5歳の子どもたちがそのゲームに夢中になったというのです。これをうまく使えば、子どもから高齢者まで、たくさんの人が囲碁を覚え、社会全体に笑顔が広がるかもしれない。そう直感した私は、安田棋士の活動を精力的に取材し、記事にしました。読者の反響も大きなものでした。
- どうすれば、実践者が増えるか
囲碁にはすごい力があるらしい──。そんな評判がたち、自分でもやってみようという人が現われました。簡単なルールのゲームを使うだけなので、だれにでも出来ると安田棋士は話していました。私もそのまま記事にしました。ところが、どうもうまくいかないのです。全国で何人かは、石取りゲームを続けている実践者がいましたが、それ以上なかなか広がりませんでした。
たくさんの奇跡の場面を直接見ていた私は、「この活動が発展すれば、間違いなく日本は変わっていく」と確信していました。けれども、なぜ実践者が増えていかないのか、何が引っかかっているのか、いくら悩んでも答えが見つかりませんでした。
思うところがあって読売新聞社を辞め、ついに私自身も取材者から実践者へと転身しました。仲間とともに実践と研究を重ねてきた結果、石取りゲームの使い方、考え方がかなり整理されてきました。そして2002年5月、『心の扉をひらく〜囲碁ではぐくむコミュニケーション・マインド』という本を出版し、ここで初めて「ふれあい囲碁」という名称を使いました。
けれども、この本で「ふれあい囲碁」を紹介することはできましたが、どうすれば実践できるかを具体的に描くことは、まだできませんでした。
- テキストづくりの機運
その後も、もちろん実践を続けてきましたし、そのご縁で実践を始める人も出てきました。そういった人を対象に研修会を企画して、資料をもとに実践スキルの向上を目指す活動も続けてきました。
しかし、大問題がありました。研修会は、私の居住地である千葉県柏市で実施することが多く、遠くに住んでいる人は、なかなか研修会に参加できないという点です。
遠隔地への対応ということでは、「ふれあい囲碁の実践+講演」という形で依頼を受けて、私自身が出かけていくこともありますが、旅費や謝金といった費用は主催者にとっても結構な負担となってしまいます。
そうしたことから、研修会の資料のような内容ではなく、読むだけでかなり深いところまで理解でき、一人でも実践するできるようなテキストを要望する声が多くなってきました。そこで、思い切って本格的なテキストづくりに取り組むことにしました。
- 囲碁の知識は必要か?
テキストづくりで最も悩んだのは、囲碁の知識を持つ人を対象とするか、それとも、「アタリ」という言葉すら知らない人を対象とするか、という見極めです。
ふれあい囲碁の普及活動は、世界中の全ての人が対象です。つまり、言葉の話せない幼児、あるいは知的障害を持つ人、認知症の進んでしまった高齢者も同時に参加することができる特徴があります。そういった間口の広さから、従来は「囲碁の知識がない人でも、ふれあい囲碁の実践はできる」という考え方をあえて貫いてきました。
ところが、15年に及ぶ実践活動を振り返ると、興味深いことが分かりました。
以前は、囲碁の愛好者がふれあい囲碁の実践を始めようとすると、ほとんどが「社会活動」というより一方的な「囲碁教室」になってしまい、参加者が困惑するケースが後を絶ちませんでした。囲碁の知識がかえって邪魔になってしまい、良かれと思ってつい「指導」に走ってしまうのです。実は、私自身がその失敗を繰り返してきた一人です。
逆に、囲碁の知識がなければ、「指導」に走って参加者の気分を害する心配もありません。実際、囲碁の知識がなく、ふれあい囲碁の実践に入ってきた人はたくさんいます。しかし、「囲碁の知識がない」という不安があるためか、自立的に動けるようになるまで、かなり多くの実践経験と時間を必要としました。
一方、最近は囲碁の愛好者が実践を始める際、ポイントになるところを伝えると、コツをつかむのも早く、的確な実践ができるということが分かってきたのです。そこで、囲碁の知識をある程度持っていることを前提に、ふれあい囲碁の活動としては初めての実践テキストを編集してみることにしました。
- 『ふれあい囲碁のテキスト』完成
ふれあい囲碁の完全独習テキストは、ようやく完成しました。これで、近くに実践団体がなくても、一人で活動を始めることができるでしょう。
このテキストには、参加者の気持ちをつかむエッセンスが含まれていますので、ふれあい囲碁を実践するだけでなく、さまざまな社会活動にも役立つでしょう。自分の楽しみだけに囲碁を使うのでは人生がもったいない。そう考えているかたに、ぜひお誘いします。人を笑顔にする活動を、私たちといっしょに始めてみませんか。