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ふれあい囲碁の理論

ふれあい囲碁の理論

横内 猛

 ふれあい囲碁は、ごく簡単なゲームを使うため、“だれでも楽しめるレクリエーションのひとつ”と誤解を受けることがよくあります。そこで、ふれあい囲碁は何を目指しているのか、レクリエーションと何が違うのか、私たち人間の生活リズムの観点から考えてみます。

ふれあい囲碁ネットワーク指導者養成担当 横内 猛
 
 

1.コミュニケーションのその先
 いま、職場や学校、地域社会のさまざまな場面で「コミュニケーションの大切さ」が注目されています。では、コミュニケーションを大切にすると、その先には何があるのでしょうか。

 たとえば会社であれば、業績を伸ばすことが目的です。学校であれば、いじめの解消や学力向上であったり。地域社会では、閉じこもった人を外に引っ張り出すとか。コミュニケーションという同じ言葉を使っていても、場面によって、それぞれ目指す先が随分と違います。

 ふれあい囲碁もコミュニケーションプログラムです。目指すところは少々欲張りです。良好なコミュニケーションを実現し、人間関係が原因となる、あらゆる問題を解決することを目的にしています。具体的には、対象者が心身ともにリラックスし、前向きな気持ちになり、穏やかで充実した日常生活を送れる状態になることを目指します。

 言い換えると、この世の全ての人が幸せになることを目指している、ということになります。

2.人間は「活動」と「休息」を繰り返す
 ここで、私たち人間の生活リズムについて考えてみましょう。ほとんどの人は、朝起きて、職場や学校に出かけます。日中に適度な食事をとり、夜になれば眠ります。

 もう少し単純化すると、「人間は活動と休息を繰り返している」ということができます。人間は、夜にぐっすり眠って十分な休息を取れば、日中は十分に活動できます。しかし、休息が不十分だと、ストレスや疲労が蓄積し、心身にさまざまなトラブルが襲いかかります。

 日の出とともに起き、日の入りとともに眠る。おそらく、これがもっとも自然な生活リズムであるはずです。しかし、現代社会はそうもいきません。文明の発達とともに昼と夜の区別がなくなり、「活動」と「休息」のリズムがとても乱れています。

 また、世界中に通信網が張り巡らされていますから、地球の裏側と交信するときなどは、どちらかが夜に起きていなければいけません。しかし、もはや太古の生活に戻れない以上、私たちは何らかの方法で、「活動」と「休息」のリズムを整える必要があります。

バネの理論

3.バネの理論
 私たちの生活リズムを、伸び縮みするバネに例えてみましょう。バネを縮めると力が溜まります。放すと一気に伸びます。バネを縮めるのは「休息」で、伸びるほうが「活動」です。バネは伸び続けることはできません。

 一度伸びたバネは縮める必要があります。逆に、十分に縮んだバネは、いつでも伸びることができます。現代人の多くは心身ともに疲弊しています。バネで言うと、伸びきった状態の人が多いということです。

4.レクリエーションは「活動」? それとも「休息」? 
 私たち人間の行動は、大きく分けて「活動」しているか、それとも「休息」しているかのどちらかです。そこで、深呼吸をして冷静に考えてみましょう。

 レクリエーションは「活動」でしょうか。それとも「休息」でしょうか。
 
 指導者講習会をはじめ、いろいろな場面で質問しています。すると、大変興味深い答が返ってきます。大半の人が「レクリエーションは休息である」と答えるのです。その理由を聞くと、次のように話してくれます。
「楽しいこと(レクリエーション)があるから、つまらない仕事でも続けることができる」
「楽しいこと(レクリエーション)があるから、つらい勉強も続けることができる」
「楽しいこと(レクリエーション)があるから、日々元気に過ごせるようになる」

 つまり、レクリエーションで楽しめば、人は元気になる。だから「レクリエーションは休息」なのだ、と考えるようです。

 そこで、次の質問に答えてもらいます。
「レクリエーションが休息なら、日中仕事をして、帰宅したあと、寝る間を惜しんでレクリエーションに没頭し、翌朝仕事に出かける。その繰り返しによって、人はますます元気になりますね?」

 すると、ほとんどの方は考え込んでしまいます。もし、レクリエーションが休息であるなら、最低限の睡眠時間は除くとして、日中の休憩時間までも使い、目いっぱいレクリエーションに充てるほうが効果的なはずです。しかし、実際にはそうはなりません。

 なぜなら、レクリエーションは「活動」だからです。

5.「楽しい」という言葉の呪縛
 もう一度深呼吸をして、私たちの住む社会を見渡してみましょう。世の中に「楽しいこと」あるいは「楽しめること」があふれていませんか?

 そもそも「楽しい」ってなんでしょうか。具体的な定義もなく、人によって感じ方、解釈の仕方も違う、とても抽象的であいまいな言葉です。ところが、とくに社会福祉の世界で「楽しい」「楽しめる」という言葉が、まるで合言葉のように飛び交っています。
「子供が楽しめるものを」と保護者たち。
「高齢者が楽しめるものを」と施設職員や地域ボランティア。
「障害者が楽しめるものを」と施設職員や地域ボランティア。

 それだけではありません。「親子で楽しめるもの」「夫婦で楽しめるもの」「みんなで楽しめるもの」。ひたすら「楽しいレクリエーション」「楽しめるレクリエーション」を探し続ける現代人は、まるで熱病にでもかかったように見えます。

6.疲弊した人をレクに誘う“元気な支援者”たち
 世の中は、心身ともに疲弊して、バネの伸びきった状態の人が増えています。身体の不調を訴えたり、家に閉じこもったり、中には自ら命を絶つ人も出てきます。

 ところが、「楽しいことをすれば元気になる」と思い込む現代社会では、支援する側の元気な人たちが、疲弊した人たちをこぞってレクリエーションに誘います。あるいは「頑張れ」と鞭打ったりします。必要なのは「活動」ではなく、「休息」なのです。

 そして、ここに焦点を当て、解決しようと生みだされたのが「ふれあい囲碁」というプログラムです。ふれあい囲碁はレクリエーションとは正反対の「休息のためのプログラム」です。そのことを図にしてみましたので、ご覧ください。
ふれあい囲碁は休息のプログラム

7.ふれあい囲碁が生む奇跡は後から現れる=独特の“休息効果”
 ふれあい囲碁の実践現場は、とても不思議な空気に包まれます。穏やかで、静かに、淡々とゲームが進行します。どんな様子か、2例ほどご紹介しましょう。

<例1>千葉県内の高齢者向けデイサービスでの様子です。そこは小規模の施設で、介護度の重い認定を受けた高齢者が通ってきます。ほとんどの利用者は、重い認知症があり、足腰もかなり弱っています。そのなかでも、とくに職員の手のかかる女性Mさんについて、ふれあい囲碁を体験する前後の様子をご紹介します。

 Mさんは、デイサービスの迎えの車が来ると、まず玄関先で「行きたくない」と大騒ぎして、車に乗るまで30分かかるそうです。施設に到着しても、今度は降りて建物に入るまで30分かかります。Mさんはひざが悪く、思うように歩けません。そこで、トイレをいつも我慢して漏らしてしまいます。職員が、Mさんがもじもじしているのに気づき「トイレに行きましょう」と誘っても、「行きたくない」と反発して大騒ぎになり、結局、いつも漏らしてしまうという繰り返しだったそうです。

 それで、いよいよふれあい囲碁を体験する日が来ました。参加者は、Mさんを含め利用者が5人、スタッフが3人。ゲームを始めると、Mさんは左ひざをさすりながら、「ひざが痛いのよねぇ」とこぼし、スタッフに支えられて立ちあがり、ゆっくり歩いて碁盤の前に出てきて、初めて碁石を置いてくれました。

 参加者が少ないので、すぐに順番が回ってきます。Mさんの番です。先ほどと同じように「ひさが痛いのよ」とさすりながら、スタッフに支えられて立ちあがります。ところが、1回目のときより、動きが少し良くなっています。5回目ぐらいになると、Mさんは、ひざをさすることもなく、無言で、自力で立ち上がります。スタッフの支えがなくても、しっかり歩いて碁盤の前に出てくるようになっていました。

 ゲームは盛り上がることもなく、淡々を進み、30分で終了しました。そのあとのことです。なんとMさんは、当たり前のようにトイレに自分で行くようになったのです。これにはスタッフも驚いたそうです。しかも、その日だけでなく、数日はそのような状態が続いたそうです。(残念ですが、高齢者施設の場合、1回だけの実践では、数日で元に戻ってしまいます。継続的な実践が効果的です) 

<例2>愛知県内の小学校での様子です。5年生300人と教員が対象で、体育館を会場にしてふれあい囲碁を実践しました。参加人数が多いときは、ブルーシートを使った大きな囲碁盤で団体戦を行い、後半は小さな囲碁盤を使った個人戦を行います。

 ゲームが始まると、会場は穏やかな空気に包まれます。レクリエーションではありませんので、決して盛り上がることはなく、淡々と進行していきます。

 1時間半の実践を終え、後日、教務主任から連絡をいただきました。当日の様子で驚いたのは、ふだんの学校生活でおとなしい児童が、積極的に個人戦に参加していたことだそうです。とくに、友だちと遊ぶことなく、いつも職員室の前にぽつんと立っている女の子が、翌日から積極的にクラスメイトに声をかけ、石取りゲームに誘っていた姿が、とても嬉しかったそうです。

 ふれあい囲碁の実践中にも、いろいろな変化はありますが、ここでは省略いたします。大切なポイントは、ふれあい囲碁の実践によって、参加者はその場ではなく、あとからどんどん元気になり、活発に動き出すということです。それこそが、「ふれあい囲碁=休息」の効果なのです。

8.「楽しませてはいけない」という逆転の発想
 最近の指導者講習会では、あえて「参加者を楽しませてはいけません」と強調しています。

 もし、参加者全員が十分な休息を終え、エンジン全開で活動できる状態であれば、ふれあい囲碁の進行役が「あえて楽しませよう」と考えなくても、ごく自然にゲームは盛り上がってきます。石取りゲームは、シンプルながら奥が深く、大変魅力的ですから、多くの人が、その場で楽しめるのです。

 ところが、元気な人の中に、心身ともに疲弊した人がいた場合、細心の注意が必要です。石取りゲームをレクリエーションととらえ、「一緒に楽しみましょう」と誘ってしまうと、疲弊している参加者は無理に合わせようとします。なぜかというと、ふだんから人に合わせようとするタイプの人こそ、心身が疲弊しやすいからです。

 このタイプの人は、本当は休みたいのに、無理をして楽しむ「ふり」をします。すると、ふれあい囲碁で元気にするどころか、逆に追い込んでしまい、余計に心身を傷つけてしまうでしょう。

 そのため、ふれあい囲碁の進行役は、基本的に参加者を楽しませるのではなく、「休ませる」という意識で進行しなければいけません。もちろん、元気な人は、進行役が何もせずとも、自然に盛り上がって楽しんでくれます。そんな場面を見て、ふれあい囲碁をレクリエーションだと誤解する人が後を絶たないのかもしれません。

 しかし、もし進行役が「ゲームはそもそも楽しむものだ」という意識をほんの少しでも持っていると、何気ない言動にその考えが滲み出てしまいます。心身が疲弊している参加者は敏感にそれを感じ取り、「ああ、やっぱり楽しむふりをしないといけない」と身構えてしまうことを覚えておきたいものです。 

9.ふれあい囲碁の極意
 ふれあい囲碁は、何人たりとも除外せず、世界中の全ての人を対象に実践します。楽しみたい人には、レクリエーションとしての楽しみを与え、休みたい人には休息の効果を与える。つまり、「活動」と「休息」を同時に、矛盾なく実現する。これが、ふれあい囲碁の極意です。

 極意を身につけた指導者がふれあい囲碁を実践すると、不思議なことが起きます。たとえば、100人の参加者のうち、元気いっぱいの人が99人、心身ともに疲弊した人が1人いたとします。石取りゲームを始めると、参加者の多くがゲームに夢中になり、歓声が上がり、拍手がわき、会場は大いに盛り上がります。

 圧倒的な熱気に包まれて、休息が必要な参加者1人は、かえって疲れてしまうのではないかと心配になるところです。ところが、ふれあい囲碁の実践中に、とても良い状態で休息できますので、ゲームの終了後、すっきりした笑顔に変わっていきます。

 ふれあい囲碁を進行するには、基本になる考え方、さまざまな注意点があります。詳しくは実践テキストにまとめてありますので、ぜひご参照ください。また、講習会では、テキストを読むだけでは理解しにくいところも、実践練習を通して会得することができますので、積極的にご参加ください。

 正しい技術で実践したときの劇的な効果に、きっと驚かれることでしょう。

*レクリエーションの語源「recreation」には、そもそも再構築、癒しという意味があったようですが、現代の社会活動の流れのなかで、「娯楽」や「遊び」の意味に変質してきました。ここでは、レクリエーションを一般に理解されている後者の意味で使用しています。

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